福岡地方裁判所小倉支部 昭和52年(ワ)172号 判決 1979年6月22日
原告
安本玉好こと鄭玉好
ほか七名
被告
九州運輸建設株式会社
ほか一名
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自、原告鄭玉好に対し金二一〇万円、同權赫文、同權赫政、同權春子、同權秀子、同權栄順、同權泰南、同權廣美に対し各金六〇万円および右各金員に対する昭和五〇年八月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文と同旨
2 仮執行免脱の宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
訴外亡安本英市こと權伍秀(以下、亡伍秀という。)は、次の交通事故により死亡した。
(一) 日時 昭和五〇年八月二三日午前六時一〇分ころ
(二) 場所 北九州市門司区大里本町二丁目一〇番先路上
(三) 加害車 被告小田利春運転の大型貨物自動車
(四) 被害者 亡伍秀
(五) 態様 被害者を加害車が轢殺
2 責任原因
(一) 被告小田は、加害車を運転し、事故現場を進行中、前後左右の安全確認を怠り、亡伍秀の存在を見落した過失により、本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条により、
(二) 被告九州運輸建設株式会社(以下、被告会社という。)は、加害車を保有し、自己のために運行の用に供していたから、自賠法三条により、
それぞれ本件事故によつて生じた後記損害を賠償する責任がある。
3 損害
(一) 亡伍秀の逸失利益 三、三〇〇万円
亡伍秀は、事故当時満六〇歳の男性で、事故前は金融業、古鉄回収業を営み、毎年六六〇万円以上の収入を得ていた。本件事故がなければ五年間稼働し、その間右程度の収入を得ることができたから、右年収の五年分にあたる三、三〇〇万円の得べかりし利益を失なつたことになる。
(二) 亡伍秀の慰藉料 六〇〇万円
(三) 損害の填補 一、五〇〇万円
原告らは、自賠責保険から一、五〇〇万円の支払を受けたので、前記損害額からこれを控除すると、残金は二、四〇〇万円となる。
(四) 相続
原告鄭玉好は亡伍秀の妻(相続分三分の一)、その余の原告ら七名はその子(相続分各二十一分の一)であるから、相続により、原告鄭玉好が八〇〇万円、その余の被告らが各八〇〇万円の損害賠償請求権を承継取得した。
4 結論
よつて被告らに対し、本件損害金の内金として、原告鄭玉好は金二一〇万円、その余の原告らは各金六〇万円とこれらに対する事故発生の翌日である昭和五〇年八月二四日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を被告らが各自支払うことを求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1の事実は認める。
同2の事実のうち、(一)は否認、(二)は認める。
同3の事実のうち、(一)、(四)は不知、(二)は争う、(三)は認める。
三 抗弁
1 自賠法三条但書による免責
本件事故は、事故現場(信号機の設置された交差点)で、赤信号にしたがい道路中央線に沿つて停止中の加害車に、亡伍秀がその左側から左後車輪付近に突然もぐり込み、腹ばいになつた後、被告小田がこれに気付かず、青信号により加害車を発進させ、発生した。しかし右道路は、幅員広く、車両の通行頻繁な国道一九九号線であり、信号が青色に変わればこれに従つてすみやかに発進することが要請されているうえ、かような道路状況のもとで停止中の加害車の車輪下にもぐり込む歩行者があらわれることまで、被告小田が予見することは不可能であつたから、同被告には過失がなく、本件事故は亡伍秀の一方的過失によつて発生したものである。そして被告会社は、自動車の運行に注意を怠らず、かつ加害車に構造、機能上の欠陥ないし障害がなかつたから、損害賠償の義務はない。
2 過失相殺
仮に被告小田に過失があつたとしても、本件事故の発生については亡伍秀にも前記の過失がある。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実のうち、加害車に構造、機能上の欠陥がなかつたことは認めるが、その余は否認する。
2 抗弁2の事実は否認する。
第三証拠〔略〕
理由
一 請求原因1(本件事故発生の事実)と2の(二)(被告会社の責任原因事実)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、本件事故についての被告らの責任の有無を検討する。
成立に争いのない甲第二号証の一ないし二〇、第三号証の一ないし三、第四ないし六号証、証人鶴田稔、同末吉一仁の各証言、被告小田利春の本人尋問の結果を総合すれば、事故現場は、交通量の多い国道一九九号線上で、そのすぐ前方で県道が交差しており、信号機により交通整理が行なわれていたこと、被告小田は加害車(タンクローリー)を運転して、門司港方面から右交差点に差しかかり、赤色信号に従つて交差点の手前で、道路中央線よりに停止したこと、このとき加害車の左側には歩道との間にもう一車線、約三・一五メートルの間隔が空いていたこと、亡伍秀は右部分を横切つて停止中の加害車に近づき、その左後輪の直前にもぐり込んで腹ばいになつたこと、被告小田はこれに気付かず、青信号に変つたので前方左右および右後方の安全を確認して発進、同時に左バツクミラーで左後方を見たところ亡伍秀の足が見えたので、約三〇センチメートル進行した段階で自車を停止させたが、同車輪が伍秀の右腕・右胸部を轢圧し、そのため同人は一週間後に死亡したこと等の事実が認められる。右事故の状況は、加害車の後続車の運転者で、事故発生当時加害車の左横後方に停止していた証人鶴田稔が一部始終を目撃しているので、ほぼ間違いないと思われ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
以上の事実に徹すれば、本件事故は、亡伍秀の自傷(殺)行為によつて発生したとしか考えられず、被告小田としては、前記状況のもとで被害者のような、赤信号で停止中の自車の下にもぐり込んでくる者があることまで予測することは困難であり、予かじめかような事態が生じることを予期して、発進前特段の事情もないのに自車左後輪付近まで安全を確認する義務を同被告に課することは酷に失すると考えられる。したがつて被告小田には責められるべき過失はなかつたというべきである。また以上のような事故発生の原因・状況に鑑みれば、被告会社が運行管理上の注意を怠つて、そのために事故が発生したものでないことも明らかである。
その他、加害車の構造上の欠陥または機能上の障害がなかつたことは、当事者間に争いがないから、被告らには本件事故に関し損害賠償責任はなく、この責任を前提とする原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れない。
三 そこで訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤精一)